●2007年10月10日
明日は銀座タクトで三根信宏のライブです。先日の日比谷公会堂の記憶が甦ってきます。音楽は楽しいです。三根信宏は元気だなぁ。私はドラマー引退したんだけれど、音楽に誘われて、体が動いてしまう。だから、ちょっとだけ叩かせてもらおうかな。遊びにいきますよ。皆さんと会えるのも楽しみです。ライブハウスだから、お客さんとステージが近い!いざ叩いてみると、腕が落ちたなとか、下手だなとか、思われるのでしょうね・・・。まぁ引退したんだから、つまらないこと気にするのをよして、楽しい時間を過ごします。皆さん来てくださいね。

 
●2007年10月9日
デジカメ修行はまだまだ悪戦苦闘していますが、「あっいいな!」と思う景色と出合った時に限って「カメラ」を持っていません。がっかり。気を取り直して後日その景色を撮ろうと、カメラを持って身構えて出掛けてみると、以前に思ったような景色ではありません。何かが違う。不思議です。よくよく考えてみると、いい写真を撮ろうなどと意識すると、自然な、あるがままの感性が隠れてしまうのです。こうしたい、ああしたい、と意識をしていない時、本当の自分がいる。デジカメで、こんな発見をしました。
 

●2007年9月22日
首相は政治を投げ出す。年金横領公務員には退職金を出す。病院は患者を締め出す。・・・最悪の世の中ですね。日本はどうなっているのでしょうか。政治は、政治家は、何を考えているのでしょう。官僚はどこまで腐っているんでしょう。地方行政の役人達は、自分のことしか考えないのでしょうか。こんな政治家に献金する企業のトップは、ただ自分の会社が安泰であればよいのでしょうか。建前なんか聞きたくありません。本音は、人間を金儲けの道具とでも思っているのでしょう。しかし・・・私は自分の国が好きです。日本は私にとってかけがえのない世界一の楽園です。今この国で生きていけることに満足しています。日本人にも絶望していません。そして良い仲間たちと最良の日々を送っています。私は幸せです。ところで、あの人達は幸せなのでしょうか。

 
●2007年9月15日
日比谷公会堂での演奏、とても楽しく出来ました。日本一のテクニックを存分に発揮するノブチャン、三根信宏。そしてポピュラーミュージックの世界で永く一緒にプレーした、最も古い友人でもある古屋紀チャンとも、足を引っ張り合いながら楽しく演奏できました。嬉しかったです。出来栄え?さあ、どうでしょうか・・・今の私、ドラマーを卒業しましたから、ご想像におまかせします。仲が良いとうことは、本当にかけがえの無いものですね。
 
●2007年9月14日
日比谷公会堂の「輝け、青春のグループサウンズ」に出演のため、これから出かけるところです。懐かしい仲間の顔がたくさん浮かんできます。シャープファイブは、グループサウンズとはちょっと異なる路線を歩んでいましたが、同じ時期に同じステージに上がった仲間達と、再び同じステージに上がれるのですからとても嬉しいです。CD発売を記念して「特別ゲスト」ということで出演させていただき、3〜4曲演奏する予定です。懐かしいシャープファイブサウンドをお楽しみいただこうと思います。体力はあるぞっ!
 

●2007年9月10日
台風去って、ようやく平常心が保てる陽気になりました。暑かったですね・・・実は先週、オーバーヒートして少々寝込んでみました。もう元気になりましたが、スタミナ切れでした。じっと寝ているのも退屈で、テレビを見ていましたが、テレビショッピング・・・特にダイエット関係、凄いですね。 『科学的に証明されています!』宣伝文句の中に必ずといってよいほど出てきます。「科学的に正しい」ものはすべて良しとしますか?人間の体は、すべて科学的に解明されているのでしょうか。ダイエット食品を食べて痩せる・・・これは科学的で、合理的だから正しいと判断する・・・即席に、簡単に、努力しないで、済ませる。これが科学的なのかな?ヨーロッパのマイスターの格言に「急ぐものはすべて悪」というのがあります。楽して何かを得ることが、先進的で合理的だと思っている人。先人に言わせれば、「ずるい人、怠け者」ということでしょうか。世の中全体、これが当たり前となっているので、気付く人も少ない。誰のせいでもありませんが、じっくり考えて、気付いてみてください。残暑まだまだ続きそうですね。くれぐれもご自愛の程、お祈り申し上げます。

デジカメ修行中!
好きな風景・・・
手入れもされぬのに、たくましく育つ「ナントカ草」

●2007年8月27日
何に「こだわり」を持っていますか?まじめに、正直に、深く、真剣に学ぶ、ということに「こだわる」人はいますか?楽しくて、面白くて、軽いノリで、遊ぶ時間と、お金がそこそこあればそれでいい・・・という人、多いですよね。楽をすることに「こだわり」を持つ、即席の成功に「こだわり」持つ、ひたすらお金に「こだわり」を持つ。でも、これは人間らしくないと私は思います。「人間らしく」ということを、できるだけ若い時に考えてほしい、人間であることの「特権」に「こだわり」を持ってほしいのです。人間の特権とか、自分を大切にするということは、ある年齢になって初めて気付くことが多いです。その時、「もっと若い時に気付いていたらなあ」と皆思います。私自身も? ですから、若い人には、ぜひ早めに気付いて、「こだわり」を持ってほしいのです。人間らしく生きるということに、自分を大切にするということに。
 
●2007年8月26日
お詫び:
シャープファイブのコンサートを、なんとかこの秋にやりたいと真剣に思い描いていたのですが、会場の問題やらスケジュールの問題やら、いろいろと難問山積で、延期せざるを得なくなりました。期待してくれていた皆さん、本当に申し訳ありません。見通しがたったら再度お知らせします。私よりもっと元気な三根信宏は若いメンバーと共に、マイペースでライブを続けています。9月16日は新潟県湯沢で、12月16日は名古屋で。私は行けませんが、電話でカウントとろうかな(笑)。皆さん来てくださいね。
 
●2007年8月21日
夏休みさせていただきました。2週間ぶりの原稿です。この暑さ、いつまで続くんでしょうか。パソコンの画面を見るだけで体力消耗しそう。
さて、鎌倉の早見芸術学園の講演会を振り返って、ふと思ったことがあります。夏休みだったので専門学校の学生さんはいませんでしたが、できれば若い人達と会いたかったなと思いました。歳をとったせいか、若い人との距離が遠くなってきたと感じているからです。私の話を聞いて欲しいのではなく、私が若い人の話を聞きたいのです。最近、街を歩いている若者を見ても、皆同じように見えて、個性の輝きを感じることが少なくなりました。心配です。自分の生き方、物の考え方、ファッションに至るまで、与えられたものだけで生きている「受取専門人間」になってはいないだろうか。与えられた知識を唯「うのみ」にして、事たれりと思ってはいないだろうか、それを自分の意見のように述べることはないだろうか。自分が発することばを、本当に深く自分で考え、自分で検証しているのだろうか。心配です。「個性」は「主体性の確立」から生まれるものですから・・・あれ?偉そうに若い人に説教?いや、自分自身に言い聞かせているような気がしてきました。機会があれば、十代の若者と話がしたいなあ・・・
 

●2007年8月6日
8月4日土曜日、猛暑の中、鎌倉の早見芸術学園においでいただいたたくさんの皆さま、ありがとうございました。進行役を務めてくださった大田校長先生、お世話になりました。講演会用「井上宗孝づくり」に力を貸してくださった伊藤先生ありがとうございます。皆さんに感謝、感謝です。聞いてくださる皆さまの真剣な視線を感じて、お話したいことが次々の頭の中に浮かびました。あれも話したいこれも話したい・・・ついつい予定時間をオーバーしました。反省しています。後半は時間が押していたので、ちょっと早口にもなってしまいました。反省はたくさん。次回の糧にします。そして、たくさんの励ましのことばをいただき、本当に嬉しい、充実した一日でした。気持ちを整理して、いま原稿を書いています。とりあえず本日は御礼のメッセージです。

 
●2007年7月30日
去る23日の銀座TACTでのライブ、井上は急な用事で行けませんでした。立ち見も出るほどの大盛況だったとか、嬉しいですね。当初はチョット遊びに行って、ついでにチョット叩いてみようかなと思っていたのですが。電話して『ノブ、すまん。行けなくなった!』と謝りました。『なんだー、ボクちゃん(私のことです)が遊びに来るといから、メンバーと”春がいっぱい”を音合わせしておいなのに・・・』と。嬉しいですよね。井上はもう歳だから、スローバラードの三連符で、疲れないように気を遣ってくれたんですねぇ。でも待てよ、老人扱いされてるな・・・チョット悔しいな。と、思っていると、だんだん頭に血がのぼってカァーッ!「納得いかないぞっ!オレは、まだまだ叩けるぞっ!」。こんなことを思うのです。まだまだ若いでしょ?次のライブの時には「行くぞーっ」と正々堂々宣言して、「キャラバン」なんかどうだろう。早めのテンポで演奏して困らせてやろうかな・・・と。でも、かなり練習しなきゃ手足がこんがらかるだろうし、そうなれば笑われて、恥かいて、元もこもないか・・・。古希になって、みんな体のことなどに気を遣ってくれる、それはそれで嬉しいけれど、自分ではそれほど「腕は鈍っていないっ!まだまだ若いモンには負けないっ・・・少なくてもクチでは絶対負けないっ!」と、思っています。こんな「井上らしさ」は、ずっと持ち続けたいです。でも、「論より証拠」といいますから・・・誰だろう、能書きばっかりいうのは。
 

●2007年7月21日
近頃の井上は、面白い心のありようを自分の中に発見しました。それは、もう何十年来忘れていたことです。純粋なよろこび、楽しみ、期待の心持です。ところで皆さんは覚えていますか?「♪♪もういくつ寝ると、お正月♪♪」・・・あの歌です。あの、来るべき日を心待ちにする、ワクワクする、なんとも言えぬあの気持ち、待っているのが楽しくて楽しくて、という期待感。 小学生の頃の遠足の時もそうでした。その楽しい、嬉しい気持ちが、この頃甦ってきています。古希を迎えて、童心に帰っているのでしょうか。何十年と、そんな気持ちは忘れていました。私がいま楽しみにしているのは、鎌倉の早見芸術学園での講演会です。どんな人と会えるのだろう、どんな話をしようか、待ち遠しくてたまらないのです。講演会用の原稿は、いつも真剣に考え、草稿練って練って、準備をします。ところが当日になれば、私の性格からでしょうか、勝手に話が脱線して話はどっかへ行ってしまうのです。それでも、それが楽しみなのです。私の話は面白いのかな、真剣に聞いてもらえるるのかな、失敗してボロボロになるのかな、そんな自分の姿を他人事のように思い浮かべては、愉快に楽しみにできるのです。何かに「ワクワク」できるというのは、とても幸せなことです。時間のある人は、ぜひ井上のズッコケ姿を期待してご来場ください。「芸能生活50年の喜怒哀楽」という主題ですが、手元にある原稿は、「皆、努力して、決して諦めないで。自分を信じて・・・でも自分の考えを過信せずに・・・」あれ?もう、まとまりが無くなっている。ズッコケ姿、皆さんお楽しみに。

 

●2007年7月18日
「幸せ」・・・私は、この言葉にはあまり注意をはらったり、意識して生きてきた記憶がないのですが、最近は「幸せとは一体なんなんだろう」と、少し考えるようになりました。歳のせいでしょうか。喜ばしいことだと思うのです。以前にも触れましたが、感謝の念が心の中に姿を現しているのだと思います。つまり、これは心の内側の問題です。人の情けを感じたり、それが解ることの大切さ、辛酸をなめたり、苦しみを味わってみないと、しみじみと、つくづくと、「ありがたい」という心がわからない・・・。このしみじみとした温もりが心を豊にする・・・「心が温かい」という感じ、これが「幸せ」なんだと思い当りました。唯物的なものではなく、外的条件によるものでもありません。私の得意な「納得」ですね。

 

●2007年7月11日
人間の五官が受ける「感動」について思いました。以前は、嬉しいことがあれば、大手を広げて「わーっ!」「やったーっ!」と、外に向けて勢いよく気を発していました。しかし今は、一歩退いて、身を小さくするようにして、しみじみと内に向けて敬虔な喜びを感じます。何かを悟ったようで偉そうですが、私自身は「偉そうにしていた自分が普通に戻った」と思うのです。偉そうに、勢いだけで人生突っ走り「ぜんぶ勉強だっ!」などと、反省もせず、懲りもせず、威張っていた自分。何だったのでしょうか。傲慢だったとは思いませんが、勢いで、気合のようなもので生きていましたから、気付かずにいたのです。あの時の自分と、それを冷静な目で見ている今の自分、欠点だらけですが今の自分が好きです。前者の自分には、「感謝」という大切なものがありませんでした。勢いがありすぎて気付かずにいたのでしょう。「ありがとうございます」ということばも、知識として持っていて、当たり前のように使っていたのに、今思えばそれば口先だけで、真実の感謝の心はなかったな・・・と。人生を検証してみると、感謝すべきことがたくさんありますね。不平不満でいっぱいの時でさえ、感謝すべきことはあります。でも、その時は気付かない。今の私の苦悩のひとつです。苦悩している私の姿を皆さんに見ていただくと、何かの参考になるのかな・・・

 

●2007年7月4日
暑い日が続きます。皆さんバテていませんか。つい先日まで、東京都と神奈川県との県境に流れる多摩川を渡る電車の車窓から、白くに雪化粧をした富士山をよく見ました。涼しそうで、美しくて、清々しくて、気持ちが和んで・・・富士山の景色に感動を覚えました。しかし、その美しく見える富士山に、実際登ってみれば、そこは岩だらけ、雪だらけ、吹雪になれば視界は悪く、気温は極寒・・・これは間違いなく地獄の様です。しかし、遠くから見れば人を感動させる美しい山であることも、また事実です。
何事においても、時間と距離を隔てないと真実の姿はなかなか見えないものです。いま現在、富士山の山頂近くにいるような、崩れてきそうな岩に囲まれて、いまにも滑り落ちそうで、一歩間違えば転落して命も・・・地獄のような状況を感じながら生きている人。そんな生活を余儀なくされている人。いますか?そんな苦しみの中にいる人も、考えてみてください。あとちょっと、あと数年、時間を距離を経た時、今のあなたはどう見えるのでしょうか。ちょっと角度を変えて自分を見る。そんなことができると、人生模様が変わってきますね。

 

●2007年6月30日
私には「嫌いな人」がいなくなりました。以前は人間嫌いで、自分から己の殻の中に閉じ篭って人と接することを拒んでいたのに。「いやなだな・・・感じがよくない人だな・・・」と思うことは、今でもありますが、だからといってその人を「嫌いになる」ということは、ほとんどありません。この自分の気持ちが、しっかりと確認できましたので、これから始める新しい仕事を、若い頃からやってみたいと夢に描いていた仕事を、残りの人生で必ずできる、新たな世界の中で、生きていける、と思ったのです。
質問者:「できますか?」   私:「さあ・・・」
質問者:「これから先、どうなりますか」   私:「さあ・・・」
古希を迎えた今、まだ出発点です。
不肖井上宗孝は、新たな世界わかりません。皆さまはいかがですか?


 

●2007年6月26日
前回、教育問題について熱くなりました。まだ熱が冷めていないので続きを書きます。いま一番問われているのは、指導者や有識者といわれている人達の、人間としての「質」の問題だと思います。最高学府で学んで、得たものは「100%コピーの知識」ということもあります。コピー知識を豊富に持っている人、人間そのものの本質は逆に卑しくなるように感じます。世の中「侃々諤々、自論が正論」ばかり、騒々しいですね。「九思一言(きゅうしいちごん)」・・・は、どこえやら、その反対は「無思万言」となるでしょうか。困ったものです。「法三章」の精神、いま一度思い出してみるとよいでしょう。「子曰く巍巍乎たり、舜・兎の天下を有てるや。而して与らず」・・・説明はやめておきます。「何かな?」と興味のある人は調べてください。読み方は「ぎぎこたり しゅん・うのてんかをたもてるや。しこうしてあずからず」です。
蛇足になりますが、「新社会時人」への教育方針・・・「即戦力となれ」・・・インスタントラーメンじゃないのですから、すぐに結果など出ませんよね。人間は時間を追って、先に行って、伸びていくものです。無駄と思われる時間も大切です・・・と私は思います(自論は○論?)。

 

●2007年6月23日
「急ぐものは総て悪」・・・西洋のマイスターの諺だったかと・・・。能率、効率、成果第一・・・決して悪い事とは思いませんが、総ての価値に於いてこれ等が最優先するというのは、どうなんだろうかと、私は心に引っかかるものがあります。ひとつ取りあげて、広義ですが教育問題について。制度を変えたり、担当者を変えたり。総論においても、各論においても、あまりにも目先の成果に、効率に、こだわり過ぎていませんか。ひと昔前まで、国家百年の計などというのは当たり前の言葉でしたが、今では忘れ去られ、「死語」になってしまったようです。すぐに答えを要求するように、皆が考えるようになりました。この風潮は「悪しき」もののような気がします。司馬遼太郎氏の言う「時代の空気」というものでしょうか。しかたない、といえばそれまでのことです。しかし、心ある指導者、教育者は、「百年先、二百年先、を見て教育を改革すべきだ」ということを知っているのだと思いますが。教育というものは学校、教師、親、生徒、だけの問題ではなく、国、社会、企業、芸術、娯楽、日常生活・・・あらゆるものが関わっているものだと思うのです。ましてや「教育事業」などという「括り」で教育を論じられたら、たまりませんね。長くなってしまいました。この続きは、また次回。

 

●2007年6月15日
14日に「たまプラーザ」で講演会を終えてから、「元石川おやじの会」の皆さんと会いました。
自分の子供が通う学校をよりよくしたいという情熱が、地域活動、防犯活動、へと発展して、成果が目に見えない活動とを、コツコツと地道に続けている人達です。行動する人達は気持ちが良いですね。人が見ていようが、見ていまいが、やることはちゃんとやる・・・素晴らしいですね。
井上「活動の成果はどうですか?」  おやじの会の会長さん「成果?そんなもの、解りません」
感動!! 愚問でした。恥じ入りました。心のあたたかくなるのを感じます。安堵感もあります。 まだまだ日本は大丈夫だ・・・少し大袈裟ですか?後につづく人達も、この行動を肌で感じてくださいね。「見るもよし 見ざるもよし 我は咲くなり 野辺の花」・・・誰のでしたか・・・昔に聞いた憧れの響きです。こらから、時代は質を問われます。特に「人間の質」の時代です。口先だけの人、理屈をこねまわす人、自分だけを守ろうとする人、ぜひ元石川のおやじの会の人達を見習って・・・私も見習いますから。

 

●2007年6月12日
先日、思いがけず「ブリキのおもちゃ博物館」の北原照久さんのラジオ番組(ラジオ日本・北原照久 朝倉奈々 おとなのトーク10分間)に出演させていただく機会に恵まれました。その折、北原さんの著書「夢の実現」をサイン入りでいただきました。早速拝見しました。やはり・・・成功の陰には相当のご苦労がおありだったことを知りました。さもあらん、という思いです。しかも、その辛酸を舐められたご苦労が、表情やお姿に微塵も現れていないのが素晴らしいですね。ラジオ日本の電波は関東地方の皆さまにしか届きませんので、聞けなかった皆さまには、このページで収録の様子などをお伝えしようかと思っています。ちなみに放送日は6月12日、13日、14日、15日の4日間、いずれも 午後9時45分から55分までです。4夜連続4曲放送されます。ただし、野球放送が長引くと・・・残念、カットです・・・では、お楽しみに。

 
●2007年6月8
「箱根ポーラ美術館の壁」 ← ← ← ← ← クリックしてみてください
 

●2007年5月29日
ある一定の年齢になり、その歳に応じた生き方の大切な姿のひとつに「倹ましい(つつましい)」というのがあると思います。つくづく美しい言葉だと感じますし、またその言葉に酔ってしまいます。外から見ると物質的に、経済的には貧しくも見えますが、内から(心の中から)見れば、これほど豊かで穏やかな生活はないでしょう。経済格差が大きな社会問題になっていますが、心の豊かさ、貧しさの格差の方が大きくて深刻な問題なのではないでしょうか。自然にひたり自然を感じればよく解ります。むろん荒れ狂う自然もありますが、その基本姿勢は静かで、分を心得て「倹しやか」ですよね。だから「自然は美しい」と感じるのだと思います。人間も、自然体の人が美しいと私は感じます。「あるがまま」ということです。皆さまは如何ですか?いま、ライナー・マリア・リルケの詩集を読んでいます。若いころは心の飾り物でしたが、今は心にしみ込みます。「歳をとる」ということは良いものですね。

 
●2007年5月22日
休養のため先日、箱根の「ポーラ美術館」に行きました。エミール・ガレの作品を見ようと思って行きましたが、思いがけず広告にも出ていなかった「ドーム兄弟」の作品に出会い、気に入ってしまいました。そして、ピカソの「花売り」もみつけました。嬉しかったですね。嬉しさのあまり、ピカソを真似て「花売り」を模写してみました。近々このページで発表してみようかなと思っています。決してうまい出来ではないのですが、今の私が描かれているのかな・・・と。題名は「花売り」という訳にはいかないので「箱根ポーラ美術館の壁」。
 

●2007年5月18日
八か月前、ふとしたきっかけで、あることを心に思い描きました。CDをオリジナルメンバーで制作し、発表のライブコンサートをすることでした。そして・・・あっという間に八か月が過ぎて・・・忙しかったし、疲れたし、大変だった、けれど、何よりも心の底から楽しかった。これは事実です。早くも「想い出」に変わってしまいましたが、大勢の人達の助けを借りて、総て上手くいき、万々歳の想い出になりました。フアンの皆さまの応援のお陰です。ほんとうに有難うございました。三根信宏のテレビ出演も決まりました。またひとつ、楽しみが増えました。一仕事終えて、「ちょっと」休んだら読もうと思って購入した本も十冊くらい溜まって、万年床の枕元に積んだままです。「ちょっと」は休んだのですが、まだ気力体力が完全に回復していません。なにしろ古希のドラマーですからね(笑)。ちなみに積んである本の名を書いてみました。読み返したいと思っていたものが多いのですが・・・日本昔ばなし:柳田国男、若き詩人への手紙:リルケ、権威:後藤静香、マルテの手記:リルケ、モーパッサン短編集@〜B:モーパッサン、サキ短編集:サキ、幸運の25セント硬貨:スティヴン・キング、本居宣長・上下:小林秀雄、考えるヒント:小林秀雄、モーツァルト・無事という事:小林秀雄、様々なる意匠:小林秀雄、知ることより考えること:池田晶子、照心語録:安岡正篤、一語千鈞:森信三。さあ、元気をとり戻して・・・読むぞ!

 

●2007年5月15日
人は己の欠点が解らない、または見えないと云います。そう思うことは誰でもあるでしょう。このことを理解しながらも、もっと簡単なことに気付かずにいます。それは、人は己の長所も解っていないと云うことです。自分自身で「自分の長所はこれだ!」と思っても、他人から見たら全然違うということもありますし。というより、ほとんどがそうであろうと思います。「己の判断、分別」というものは、人生を通して見るとほとんどといって良いほどあてにならないのでは・・・。自分の考えることや思うことは信ずるに足らないということに気付きます。そこで逆説ですが、皆自信を持っていいということになりますね。私達は、まだまだ気付いていない、開発されていない、優秀な長所が眠っているということです。それぞれの人生、個々の人間、捨てたもんじゃありませんね。私も、まんざら捨てたもんじゃありません・・・よね???

 
●2007年5月14日
うっかり「お礼」を忘れていました・・・4月22日のライブ当日、お花や電報をたくさんいただきましたので、その場でメモをとり、ライブ終了後にお礼のご連絡をしました。ところが、直前に会場を変更したために、当初のライブ会場「ケネディハウス」にも祝電が届いていました。これが数日後に手元に届いたのですが、このページにも書きましたように、「どっと疲れて」いましたので、お礼の連絡をすっかり忘れていました。宮城県大崎市 I 様、たいへん失礼しました。それから新潟県阿賀野市の U 様からも激励のメールをいただきました。ありがとうございます。全国各地に、昔からのシャープファイブのファンの皆さんがたくさんいらっしゃるので、元気があるうちに(笑)皆さんの近くまで行ってみたい・・・というのが私の希望です。
 
●2007年5月7日
「盗人にも三分の利」という考え方は、何ごとにおいても批判的で否定的な現代社会では、一考に値する言葉だと思います。憶測の情が感じられて、心が温かく感じられはしませんか?むろん、これは第三者が言うからこのような解釈があるのであって、盗人本人が言ったのでは話になりません。「三分」ならまだしもですが、現今「盗人たけだけしい」という言葉に表されるように、盗人がこれを正当化し「十分」の利を主張してはばからないのには始末に困ります。例えばテレビの記者会見にて、ある人いわく「お金を儲けることが悪いことですか?」と記者へ質問。実にずるくて卑怯な問い方だと思いました。「節度、知足(ちそく)」というものを添えて「自分自身に問いなさい」といいたいのです。蛇足ですが、聞かれた記者の方々には妻子や親など家族があり、養い、生活を支える必要があって、その為にお金を稼いでいるのですから、稼ぐことが悪かろうはずがありません。しかし、まあ正直なところ、私にもよく解りません。唯、善悪の問題ではないような気もします。そのように言った彼もまた、夜も寝ないでそのことを考え続け、一生懸命生きているのだろうと思うと、ことの内容や是非は別として、大変だろうな、かわいそうだなとも感じます。
 

●2007年5月2日
このページの原稿、1週間あいてしまいました。書くパワーがちょっと出ませんでした。ごめんなさい。22日のライブを終えて、安心したのでしょうか、どっと疲れが出ました。2、3日は、ほんとに何も出来ませんでした。当日、プロモータの方々もおみえになって居ましたので、いろいろと相談にのっていただき、東京のコンサートにこられなかったフアンの皆さまに為に、こちらから出かけて全国各地でライブコンサートが出来ないものか、私の思いを伝えました。コンサート終了後、たくさんのファンの方とお話ができ、この上なく楽しい一日でしたから、きっと全国のファンの皆さまと会うことができたら、もっともっと・・・。昔話、今の話、これからの人生の話、いろいろあるでしょうね。音楽の響きというものは良いものです。声の響きには「言葉」という意味を持ちますので、発する方も受ける方も少々疲れを伴います(言葉にだまされることもありますからね)。ところが楽器による響きは演奏者の心がストレートに届くので安心です。もっとも私達演奏者が、きたない音や卑しい音を出さない限り、ですが・・・あまり偉そうなことは云えません。でも、「シャープファイブの音は素晴らしい」と感動してくださるファンの皆さまには、私達の思いが伝わっているのですから、私達も感動しています。40年にも及び、ファンの皆さまとの間には「音」で信頼関係ができている・・・これが総てです。豊穣な大人の音楽を、穏やかで暖かい大人の世界を、そして今という時間を何よりも大切にしましょうね。

 

●2007年4月23日
4月22日のライブを終わって感じたこと。
仲が良いと云うことは、人生の中でこの上なくうれしいことです。心があたたかく豊かになるのを感じます。そして何より楽しいことです。「仲が良い」にも、色々あります。親子の間で、夫婦で、友人で、ご近所で、職場で、町内会で、極端な言い方をすれば、けんか相手とも仲が良いということもあります。武者小路実篤氏が好んで色紙などに揮毫していた『仲良きことは美しき哉』が、よくわかる歳になりました。歳をとるというのは良いことでもありますね。明るくて、思いやりがあって、そして何よりも、やさしくなれます。皆様とは何処かでまたお目にかかりましょう。今回のライブは、演奏者も聴いて下さる皆様も、みな仲が良いということをしみじみ感じました。もう皆音楽仲間です。ワンダフル・ワールドがありました。ありがとうございました。

 

●2007年4月19日
4月19日。古希を迎えました。 古希の思い・・ ・
穏やかに 静かに ほのぼのと しみじみと  正直に 誠実に 心の中は感謝の念で一杯・・・

心しずかに、心おだやかに、人生もっとよく考えよう。もっと深く考えよう・・・と思います。
「自論が正論、自論は正論」この思いから抜け出したい、ですね。皆さんの人生の中での「正論」ではなくて、良い話を、心あたたまる話を、聞かせてください。今は心の洗濯が必要だと思うのです。人生・・・生きている事、それ以外に素晴らしいことはない、そのことに気がつくまで、そのことがはっきりとわかるまで、一生懸命、楽しく生きる努力をしたいのです。
「見るもよし、見ざるもよし、我は咲くなり 野辺の花」
美しく生きようと、私は思います。卑しいと思われる生き方だけはしたくない・・・人生は喜びです。

 
●2007年4月16日
昨日4月15日、三根信宏と古屋オサムと私の三人で、元気な音を聴きに行きました。神奈川県民ホールでの「寺内タケシとブルージーンズ」コンサートです。彼と私はほぼ同じ年齢ですが、現役でツアーをするパワーの持ち主です。凄いです。3月9日付のこの欄に「詳細は後日」と書きました。今いろいろな思いを書きとめているところです。シャープファイブのニューアルバム「ゴールデン・ギター」の会場での先行販売も快諾してくれました。良き友の心温まる応援に感謝します。そしてCDを買ってくれた皆さんありがとうございました。たくさんのファンの方達とも会うことができて、しみじみと幸せを感じる一日でした。22日の星陵会館も楽しみにしていてください。
 
●2007年4月13日
一生懸命ということは、人生にとってこの上なく素晴らしいことです。何事につけても、一生懸命にやり遂げるということが大切です。命懸けで生きること、一生懸命生きるということ、これ以上の輝きはないように思うのです。そう感じるのです。一生懸命生きなければ・・・と、気づくことだけでも素晴らしいことです。気づくことさえ難しいのですから。気づく、気づかないは、「運」なのでしょうか・・・と思うくらい難しいですね。一生懸命ということを知らないで、気づかずに人生を過ごしている人は、人間としての本当の、真の値打ちのある喜び、歓喜を味わうことなく一生を終わってしまうのかな?そんな気がしますが。
 

●2007年4月9日
さいたま市のN様、メールありがとうございます。あのページの写真撮影者はNさんだったんですね。感謝します。私はあまり写真が写り良くないというか、笑顔で写っている写真が少ないんです。というよりも、私が写っている写真自体が数少なくて・・・ということは撮ってくれる人が少ない=興味がない?・・・そうじゃないですよね?いつも真面目な顔しているから、撮ってもつまらないんですよね。これからは笑顔を絶やさないようにしますので(ホントかなぁ)たくさん撮ってください。HP制作にあたって、たくさんの人にご協力いただき、ようやく見つけた数少ない貴重な写真でした。探してくれた皆さんにも感謝します。

 

●2007年4月6日
CDアルバム完成後、音を聴いて、思い描いていたとおりの音(響き)になっていたので、「ホッ」としています。良い音色(ネイロと読んで下さい)です。色気というか人間味というのか、そんな味わいです。皆、40年の時間の経過の中で、それぞれに労苦をし、努力をし、忍耐をし、かなしみも、寂しさも、体験し乗り越えたこの人間が醸す味わいです。これが響きになって出て来るんですよ。穏やかでやさしい「音色(ネイロ)」のアルバムに出来上がりました。このCDアルバムの宣伝用ポスター、チラシが近々できる予定です。来週にはこのサイトの「ニューアルバム」のページに「申込み用紙」をつくります。お知り合いのお店とか、電柱とか(冗談デス)、人の集まる場所に貼って、宣伝していただける方がいらっしゃいましたら、ぜひ申し込んで、貼って、貼って、貼って、下さい。ご協力よろしくお願いします。

 
●2007年4月2日
摂津市のM様、メールありがとうございました。懐かしいバンドの名前に、当時の思い出が映画のように浮かんできました。Mさんは私と比べればまだまだ若いですから、あの時の情熱を再び!音楽を、エレキギターを、楽しんでください。 私も音楽への情熱は持ち続けています。音楽の経験は特に多いですから、解らないこと、悩んでいること、どうぞ遠慮なくメールください。
最近は、音楽の相談を受けていると、人生相談に発展することがよくあります。長い人生で失敗もたくさんしましたので、芸能界の仲間には私の失敗談が薬になるのでしょか。しかし、真剣に真面目に物事に取り組んでいる人は、失敗をしても必ず取り戻せます。今回のレコーディングでもよく解りました。皆、真剣でした。それぞれの真剣な姿勢を、皆がお互いに受け止め合うことは大変なことでしたが、結果は出せました。ひとつの目標を成し遂げたとき、皆輝いていました。真面目に、真剣に生きることは決して簡単なことではなく、むしろ投げ出すことの方がたやすいのですが、それでは何も得るものはありません。根気よく、粘り強く、頑張りましょう。倦まず弛まず(うまずたゆまず)というのでしょうか?人生、それしかありませんね…たぶん。
 
●2007年3月26日
レコーディング完了! ミックスダウン完了! マスターリング完了!ああ疲れた・・・心地良い疲れです。4月19日・・・もうすぐ発売です。 最高の出来で、すべての仕事を終えました。久しぶりに皆と仲良く、しかもそれぞれ真剣に音に取り組んで、充実した時間を得ました。満足です。若い時のがむしゃらな頑張りではなく、メンバーそれぞれの人生の軌跡が感じられて、以前とは違った趣きの緊張感があって、それは面白かったですよ。たぶん、音にも出ているでしょう。大人の音楽という感じがします。・・・とはいうものの、何も変わっていないという一面もあるのが不思議というか、面白いところです。ファンの皆さまも、きっと何かを感じてくれることと思います。4月19日、「音」でお会いしましょう。皆さん楽しみにしていてくださいね。
 

●2007年3月14日
私の心を、悲しみの中につき落とす出来事がありました。池田晶子さんの急逝です。どう云う訳か、初孫の可愛さと同じように無条件で受け入れることの出来る人でした。彼女が何をいっても「そうだそうだ」と言えました。私にとってはかけがえのない、魅力的な人でした。一度でも、ほんのちょっとでも、会って話しをしてみたい人でした。出来もしないいことを心に描き「わくわく」させてくれる程の人でした。彼女ほど、思いの健康な人は珍しいと思っていたのに。何故急にあの若さで・・・・絶句。遺稿「墓碑銘(週刊新潮)」に応えて・・・晶子「誰も死んではいないよ」   合掌

 

●2007年3月9日
サインをもらいました・・・いままで、求められてサインをたくさんしてきましたが、先日、生まれて初めて?ある人からサインをもらいました。これは、ある件で私が迷惑をかけてしまい、その人の自宅まで謝りに行ったときに、もらったものです。人の温かみが伝わる、記念すべきサインです。この件については、後日詳しくお話ししようと思います。   その時のサインはこちら

 
●2007年3月3日
「ひとのせいにする」・・・まず、これをやめたら・・・と思います。
昨今、「問題の原因を他人のせい」にするということを、たくさん目に、耳にします。政治が悪い、行政が悪い、社会が悪い、会社のせい、教育のせい、親のせい、あの人のせい・・・どうも潔くないですね。
安岡正篤著「照心語録」には「問題の原因を外に帰するのではなく、自分の内にその第一原因を発見する」という一節がありますが、いま一番そのこと、そのところの自覚が欠けているのではないでしょうか。
ひとのせいにして、自分が納得しているようでは、人生虚しくありませんか?私はそう思いますが、皆さんはどうお考えですか?ひとのせいにしている人は「暗くて陰気」です。自覚のある人は明るく朗らかです・・・私の知る限り。
 
●2007年2月25日
明るく生きる、ということがとても大切な事という気がします。
「金持ちになりたい」、「健康になりたい」、「仕事を成功させたい」、「よい人間関係を築きたい」・・・などなど、私達の欲求はたくさんあります。それらが成就すれば、人生納得がいくのでしょうか。私はそれよりもそれぞれの目的に達するまでの過程に納得できるか否かの方が重要であると思うのです。自分の人生を検証し、どう納得するかということです。それぞれの目的は、それぞれに大切なことだとは思いますが、私には枝葉末節のことでしかありません。皆さんはどのようにお考えですか?
例えば、経済的に苦しい人が、努力して財を手に入れたとしましょう。それ自体は良しとしても、その手段や方法が自分にとって納得できるものであるのかどうか、私はこれが根本の問題と考えます。どのような人生であれ、自分の生き方に納得できれば、それで人生すべて良しです。ニッコリとして明るく生きられるはずです。
 
●2007年2月9日
「定年」…変なことばですね。「第二の人生」…これも変なことばですね。
人生はずっと続いているのですから、変な区切りを付けてしまうと、途中から違う人生を歩まなければならないような錯覚をします。惑わされないでください。
「定年」を迎えようとしている皆さんへ、「定年前」の人生は「参考書を片手に勉強をした予習期間」と考えてみませんか、そうすると「定年後」は「人生の本番」となります。これまで培ってきた技術や知識、人とのつながりを基礎にして道を開くのです。自分で問いをたて、自分で進むべき道を造る。その答えは自分自身で出す…なんて偉そうなことを言いましたので、自ら範を示してみようと思います。本物の人生のために、私自身がまず行動します。歩み始めます。経験を積みます。途中経過はこのページでご報告することに…ご期待ください。